(年明けましたね!)たまには運動じゃなくて「人間」について④「なぜ人間のおっぱいが今の形になったのか(後編)」

こんにちは!改めまして、明けましておめでとうございます。沖縄那覇のパーソナルトレーニングスタジオstudio kinariのミナミです。

僕の年明けの仕事はじめは1月の8日(水)からということで、今年はほぼ10日間がっつり休ませて頂きました。

ただ、一年のほとんどを仕事に没頭している僕は長期休暇に入ると必ずと言っていいほど風邪をこじらせるのですが、今年もやっぱりしっかり風邪をひきました。なのに連日お酒を飲むので全く治らないという悪循環に陥っているわけですが、仕事はじめに向けてそろそろ体調も万全になってきました。

今年も色々企画・推進していく予定ですので、今年も一年よろしくお願い致します!

で、今年一発目の記事は、去年の年末沖縄から地元東京に帰るフライト前に書いた記事の続きであります。また徐々に体作りの記事を今年もアップしていく予定ですが、まずはここまでアップしちゃいましょう。

(年明けましたね!)たまには運動じゃなくて「人間」について④「なぜ人間のおっぱいが今の形になったのか(後編)」

まずは「超簡単に」前回の記事のおさらい

まだ前回の記事をご覧になっていないという方はこちらから→年末だし、たまには運動じゃなくて「人間」について③「なぜ人間のおっぱいが今の形になったのか(前編)」

さてさて、初めてこの記事をご覧になる方は

「え、この人なんか変なこと書いてない・・・??」

と思って頂いても間違っていないような記事を年末あたりから更新し続けているわけですが、それ以前の記事をご覧頂くとちゃんと人体についての記事を更新していますので、まずはそちらからご覧頂ければと・・・・。

で、前回がどういう記事だったのかということを超簡単におさらいをすると、

「人間のおっぱいは、赤ちゃんに母乳をあげるための哺乳器官であると同時に、男性(オス)に対して「自分はメス(女性)ですよ」ということを示すための性的信号でもある」

ということで、普通動物のオスっていうのはメスのおっぱいに対して何の関心も興味もっ持たないわけですが、人間だけは唯一おっぱいを見て

「あぁ、ステキな女性だ」

と思う「変な」動物なんですね。

で、そういった「哺乳器官」としてのおっぱいの意味以外に「性的信号」を持つという二重の意味を持つ人間の女性のおっぱいですが、どうしてこういうことになったのかっていうのは結構昔から生物学者さんたちの間では色んな議論がなされてきたわけです。

で、その根拠の一つとして、脈々と続く時代にそれが反映されてきているから、そんなところを皆さんと見ながらちょっとずつ人間の面白さに触れていきましょう、というのが前回の記事からの流れであります。

時代に反映される「おっぱい」~キリスト教時代~

前回の記事では、「エジプト時代」から「ローマ時代」ときましたので、今回はキリスト教時代から初めていきましょう。

前回の記事をご覧になっていない方はこちらから(二回目)→年末だし、たまには運動じゃなくて「人間」について③「なぜ人間のおっぱいが今の形になったのか(前編)」

まずこちらの絵をご覧ください↓

これはですね、みんな大好きレオナルド・ダヴィンチ先生の「授乳の聖母」ですが、マリア様が自身のこどもであるキリストにおっぱいを飲ませている、とそういう絵です。ここからキリスト教の影響も入ってきて色々複雑になってくるわけです。

キリスト教というのは、皆さんもご存知の通り、アジアの南の方のものすごい乾燥地で発達宗教です。もはや砂漠。だから食べ物もあんまりないし、多様な動物もいない、荒れ果てたところ。つまり、人間がそこで生きていくのはとても大変だったわけです。前回の記事でも書きましたけど、この時代というのは子供は産んでも産んでもどんどん亡くなっていくという状況です。

で、上記のようなことがまず前提としてあって、もう一つ。キリスト教的な感覚で言えば、人間は神と動物の間に位置する存在であるわけです。その人間の中には男も女もいるし、当然のことながら子供が生まれるためには男と女がセックスをしなきゃいけない。ところが、人間というのは神様よりは偉くないけども、他の動物よりは偉い。

でも、その人間は実際には他の動物と同じようにセックスをして子供を産むということになると、他の動物がやっていることと同じじゃないかということで、これは具合が悪い。

そこで、ですよ。あまりこのへんの宗教観にご興味のない方はご存知でないかもしれませんが、マリア様というのは男とセックスをしないでキリストを産んだことになっています。これがいわゆるマリア様の「処女懐胎」ってやつです。これに関しても色んな絵があります↓

要するにですよ、キリストというのは神の子供であって、人間の子供ではないという。でも、哺乳類だからキリストも母親のマリアのおっぱいから母乳を吸って育ったということになっているわけです。つまり、この時点ではマリア様のおっぱいは「子供を育てるためのおっぱい」ということになるわけです。

時代に反映される「おっぱい」~ルネサンス時代~

で、このあたりからでしょうか。もう少し時代が変わってくると、今度はそういう認識が変わってきて、女性のおっぱいが女性の性的な信号であるということが表に出てきます。ルネサンス時代ですから、だいたい17世紀くらいの話で、これはもう結構最近の話ですね。

ルネサンス時代というのは、語弊を恐れずに言えば「人間が堅苦しいキリスト教の教えから自由になって、人間本来の姿に戻ろうじゃないか」という時代です。だから、女性のおっぱいというのはキレイなんだと、男女ともにそう思っている。

それでええやん。

子どもを育てるのはもちろんだけども、おっぱいがキレイであることはそれはそれでOK、ということが非常に強調されてきたのがこの時代。というわけでこちらの絵をどうぞ↓

Öèôðîâàÿ ðåïðîäóêöèÿ íàõîäèòñÿ â èíòåðíåò-ìóçåå gallerix.ru

もうここまでくると、おっぱいもだいぶきれいに描いてありますね。ちなみに、むちゃくちゃ余談ではあるんですけど非常に面白い話で、このおっぱいは子供に母乳を飲ましてはいけないそうです。つまり、この女性は子供は産むけど、実際にその子供に母乳を与えるときには乳母を雇う。という、変な発想があった。

これ、個人的な考えですけど、やっぱり「キレイなもの」としてのおっぱいを保つために、子供に日々吸われ続けると、どうしても乳首が伸びてきてフォルムが崩れてきたりとかしちゃうじゃないですか。それ自体は仕方のないことだと思うんですけど、それを避けるためにこういう役割分担をしたんじゃないかな、と思っています。あくまで個人的な見解ですけど。

とにかく、この場合は、おっぱいというものが持っている美しくて女性の象徴であるあるという機能と、母乳を与えるための器官であるという本来の機能を分けているわけです。で、こういう絵になると。

なんだけど、これが18世紀くらいの絵になるとまた思想も変わってきたのか、「おっぱいは美しい」そしてそれは「子供の母乳を与えるもの」という、

17世紀おっぱい=「美しい」 or 「母乳を与える器官」

から

18世紀おっぱい=「美しい」 and 「母乳を与える器官」

という風に変わってきたという。まぁ、普通に考えて本来の母親が子供に母乳を与えるのが普通でしょうよ、と。で、これを一生懸命推進してきたのがルソーなわけです。

いや、絵描きの方のアンリ・ルソーじゃなくて、「エミール」という本を書いた社会啓蒙家のジャン・ジャック・ルソーの方

時代に反映される「おっぱい」~フランス革命時代~

はい、で次が最後ですが、フランス革命。この時代になってくるとですね、とんでもないところにおっぱいが出てくるわけです。まずはこちらの絵をどうぞ↓

そういえば、暇さえあれば本ばっかり読んでる僕も年末年始はかなり本屋に足しげく通ったんですけど、最近ビジネスにアート的観点を持ち込むという発想が体系化されて本になることが多いのか、この絵が表紙の本が最近ピックアップで六本木のTSUTAYAに並んでいるのを見かけました。なので、見たことがあるという方も多いのではないでしょうか。

これはですね、ドラクロアが描いた「自由の女神」という超有名な絵です。

もうね、おっぱいむき出し。

ちなみに、これ戦争中の絵なんですけど、題名を

ウジェーヌ・ドラクロワ 「民衆を導く自由の女神」

といいます。戦争中にこんな格好をすることはまずないはずなんですけど、この絵はおっぱいをがっつり出した女性が先頭に立って、

オラー!!!

って攻めていくと、他のみんなも

オラオラオラー!!!

ってついてきて、それで勝って、

フランス革命成就完了

と、こういうお話です。

もうこんなところにまでおっぱいが出現することになるわけです。とにかくですよ。同じおっぱいでも、これだけ色んな絵が出てきて、しかも時代によって強調される意味が異なるという。だけども、やはりおっぱいというのは

子供に哺乳する器官であり、かつ、男性から見て美しい性的な信号である

という二重のことをずっと持ってきているわけです。

生理学的なおっぱいというのは器官でしかないけど、それを人間が感じている意味を、ある時代ではこっちの意味が大事だ、ある時はこっちが大事だ、となりながら、芸術家がまた色んな絵にしていくと。なので、皆さんもし美術館とかに行っておっぱいの出てくる絵っていうのは少なくないですから、

「このおっぱいはどっちの意味のおっぱいとして書かれているのかな??」

なんてことを考えながら見ていくとまた新たな発見があるかと思います。(かなりコアな見方ですが、少なくとも僕はおっぱいの絵を見るとそんなことを考えています)

結局、性的信号は何を伝えるのか?

で、ですよ。いろんな話を前回からしてきてこの記事の文字数もまたかなり多くなってきてしまったので、最後はなるべく簡潔にまとめようと思っていますが、

結局、なんで人間のおっぱいはこんなにややこしくなっちゃったのか

ということです。他の動物でこんな二重の意味を持っている動物はいないわけですから。他の動物の性的信号は、動物によってみんな違うわけです。例えば、前回書きましたけど、魚だと黄色くて大きいお腹がメスの性的信号みたいな。

他にも、蝶なんかだと、羽の色と模様が「自分がメスですよ」ということの信号になる。ちなみに、蛾だと人間には分からないメスはある種の「におい」が信号だそうだそうです。(いわゆるフェロモンってやつ)

もうちょっと言えば、カブトムシとかだと、オスには角があるけど、メスには角はない。けど、メスにはメスの体特有のにおいがこれまたあるそうです。

そういうメス特有の信号があるということです。人間のおっぱいと同様に、「自分がどういう種類の動物のメスです」ということを知らせる信号。

それで、人間に恐らく一番近いであろう猿だとどうなっているかというと、メスである信号は「お尻」なわけです。オスよりもメスのお尻の方が赤くて、特に繁殖期になるとさらに赤くなる。

人間も元々は類人猿だから、お尻というのはやはりメスの性的信号である、ということに異論を唱える男性は恐らくいないでしょう。(希望的観測)

ところが、ここで人間は変なことになっちゃったわけです。猿はいつも四つ這いで歩いてるから、前の猿のお尻を見ることになるじゃないですか。でも、人間は立っている。人と人が出会ったときには、向こうもこっちも向き合ってるわけです。

困るじゃないですか。人間のオスも見たいじゃないですか。(え)

で、そこで動物学者であるデズモンド・モリスって人が考えたことで、お尻に変わる性的信号を体の前側に出したい!ということになったんじゃないかという。そのときに、なるべくお尻に似たようなもので、体の正面についているもの。

それが、おっぱい。

なんじゃないかと。

なのでね、今回の記事だけじゃなくて、このシリーズの①から見てもらえると、「どうして人間は立ったのか」とか色々書いてきてますけど、人間が立ったこととか、毛が他の動物に比べてなくなったこととか(おっぱいがあっても毛がふさふさだったらいやじゃないですか)、お尻の代わりの性的信号を前につけなきゃとかそんなのが全部組み合わさって、今の人間のおっぱいができた。

という話です。

学者の考えることは面白いですよね。言われてみればそんな気がするし、ぶっちゃけ「本当に???」と思うようなこともあったりするわけですけど、まぁとにかく、人間の体って、単に「痩せる」とか「筋トレで鍛える」とか、その次元だけで考えているだけだとちょっともったいないというか、

へーーー、こんな見方もあるんだ!!

と思ってもらえると、僕自身も嬉しいわけです。

今回もかなり長くなってしまいましたが、最後までご覧頂いた方はお疲れ様でした。次からは真面目に身体作りの記事を書くかもしれませんが、まだこんな感じの記事を続けるかもしれません。

ではでは。

studio kinari ミナミ

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